朝日新聞が、爆笑問題の太田さんを引き合いに出して、憲法改正に反対しています。
http://www.asahi.com/paper/editorial20070502.html
15年も続いた戦争とは何か?
お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光さんは、ベストセラー「憲法九条を世界遺産に」のなかで、憲法の制定過程についてこう語っている。
「日本人の、15年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとかいう次元を超えたものだ」「この憲法は、敗戦後の日本人が自ら選んだ思想であり、生き方なんだと思う」
まず事実に基づいた議論をして欲しいと思いますが、「15年も続いた戦争」というのは、満州事変(昭和6年)から日本敗戦まで日本と中国は戦争をしていたという意味でしょう。
しかしながら、満州事変は2年後の塘沽協定で終結しているのですから、「15年も続いた戦争」というのは間違いです。
太田さんが日中15年戦争という「左翼史観」を無批判に受け入れるのはご自身の勝手ですが、それを本に書いてしまうのはいかがなものか。
とりわけ、太田さんのような影響力の大きい人が、このようなことを言っているのは大いに疑問です。
自主憲法を制定するのは当然ではないのか?
さて、日本国憲法が「日本人の、15年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた」というのが事実とは思えませんが、今回、問題にするのはそこではありません。
問題なのは、「これはもう誰が作ったとかいう次元を超えたものだ」と言っていることです。
それは、おかしいでしょう。いったい太田さんは国民主権とは何のことだと考えているのか。
国民主権とは、言うまでもないことですが、権力の正当性の根拠が国民に由来する(しなければならない)ことを意味しています。そして、憲法とは国家と国民との契約であり、憲法によって国家は国民から権力の正当性を付与されるのです。
しかしながら、もしもアメリカが憲法を作ったというのであれば、それでは国民主権ではなくなってしまうではないですか!
いかなる国の憲法であれ、憲法制定までにいかなる経過があれ、「誰が作ったとかいう次元」は絶対に超えることなど許されないのです。それでは、国民主権なんてどこかに吹き飛んでしまいます。
憲法というのは、誰に命令されるのでもなく、誰に押し付けられるのでもなく、国民が自らの力で制定すべきものなのです。
どこの国も、国民が自ら憲法を制定して自分たちの国を築き上げているのです。同じように、日本人も、自らの力で自らの国を築く。それが、なぜいけないことなのでしょうか。
改憲派は自由も平等も否定していないのではないか?
男女の平等が保障され、だれもが選挙権をもつ。何を主張をしようと、どんな宗教を信じても自由であり、不敬罪や治安維持法などは存立しえない社会になった。天皇から国民へ主権が移り、国民が主人公になった。
太田さんたちが評価するのは、この自由と民主主義の価値が憲法によって日本にもたらされ、さらには戦後社会に深く根付いたということだろう。
不思議なのは、憲法について否定的なことを言う安倍氏が、自由や民主主義の価値を語るときはうってかわって肯定的な姿勢に転じることだ。いまや、外交政策の「十八番(おはこ)」に使っている。
「戦後」に問題がなかったわけではないし、憲法に改めるべき点があってもおかしくはない。しかし、憲法がもたらした自由と民主主義の価値は、発展させるべきではあっても、脱却するものでは決してない。
これも、日本国憲法によって自由や平等がもたらされた→憲法を改正すると自由や平等が失われる危険があるという印象操作なのでしょう。
もちろん、改憲派も自由や平等を否定するつもりは毛頭ないのです。安倍首相も同様でしょう。
ちなみに、この自由を最も謳歌しているのが朝日ではないでしょうか。右翼テロではないものを右翼テロであるかの如く印象操作を繰り返し、週刊朝日は、卑劣な手段で安倍首相を貶める。どこまで言論の自由を濫用すれば気がすむのでしょうね。
改憲阻止は中国のためか?
不思議なのは、憲法について否定的なことを言う安倍氏が、自由や民主主義の価値を語るときはうってかわって肯定的な姿勢に転じることだ。いまや、外交政策の「十八番(おはこ)」に使っている。
「日本と米国は普遍的な価値を共有している」として、日米同盟の強化を言う。「共通の価値」を持つ豪州やインドと連携して中国を牽制(けんせい)する。NATO(北大西洋条約機構)とも連携する。総称して「価値の外交」とも呼ばれる。
朝日の本音がここに現れましたね。
要するに、朝日は、日本がアメリカやオーストラリア、インド、NATOと連携して中国を牽制するのが気に入らないから、憲法改正に反対なのでしょうね。
しかしながら、中国は、台湾どころか、沖縄すら潜在的には中国領だと言っている国なのです。だから、日本の安全保障上の最大の脅威は中国に決まっているのであり、対応を誤れば、日本は沖縄を失うかもしれないのです。
それに、小生には、どう考えても今の日本が中国と戦争をして勝てるとは思えません。
ですから、日本を守るという国として最低限度のことを実行するためには、憲法も改正しなければならないですし、単独で中国に勝てないのであれば、アメリカやオーストラリア、インド、NATOと軍事協力を進めなければならないですし、そのためには集団的自衛権の行使も容認しなければならないはずです。もちろん、日本は核も保有しなければならないのです。
9条だけでもいいんじゃないの?
「戦後」に問題がなかったわけではないし、憲法に改めるべき点があってもおかしくはない。しかし、憲法がもたらした自由と民主主義の価値は、発展させるべきではあっても、脱却するものでは決してない。
首相は雄弁に改憲を主張するものの、9条改正以外に、目指すべき方向はほとんど語ろうとしない。だが、改憲を言うなら、まず「戦後」をきちんと語るのが先だろう。
それなしに新しい「美しい国」へ誘(いざな)うのは、国民を惑わすだけだ。
9条がもっとも問題なのですから、9条を中心に論ずるのはむしろ当然でしょう。
護憲で国は守れないところまできてしまったのです。9条の改正は急務なのですから、安倍首相には9条を中心に語ってもらいたいものです。
朝日は「戦後」をきちんと語れと言いますが、別に安倍首相は自由も民主主義も否定するわけではないのに、何を語れというのでしょう。
それに、国民を惑わせているのは、朝日新聞としか思えませんけどね。
~~~引用開始~~~
憲法60年―戦後からの脱却より発展を
日本国憲法はあす、満60歳になる。
60回目の記念日を迎える環境は、これまでとはだいぶ違う。時の安倍首相が「改憲を政治日程に乗せる」と明言し、7月の参院選挙では争点にしたいと意気込んでいるからだ。
そのための手続き法である国民投票法案が、間もなく国会で成立する運びだ。これだけ空気がざわつくのは初めてのことだろう。
なぜ憲法改正が必要なのか。安倍氏は雄弁に語ってきた。そのポイントは次のようなものだ。
◇祖父譲りの改憲論
いまの憲法は占領時代に、GHQ(連合国軍総司令部)の素人が短期間で書き上げ、日本に押しつけたものだ。時代は移り、9条など現実にそぐわない条文も出てきた。国の基本法である憲法を、国民自らの手で白地から書くという決意と精神によって、この国に改革の気概がみなぎってくる。そうすることで精神的に占領を終わら
せることになる――
占領時代とか、GHQの押しつけとか、今の若者世代にはぴんとこない表現だろう。それもそのはずだ。こうした論法は、首相が尊敬してやまない祖父、日米開戦時の閣僚だった岸信介元首相らが半世紀も前に言っていたことだった。「占領の後遺症の根絶」「真の独立の回復」などがキーワードだった。
そもそもは敗戦や米軍による占領への屈辱感が根底にあったに違いない。だが、憲法ができて年月がたつうちに、攻撃の対象は「押しつけ憲法」「占領」から、それに基づいて形づくられた戦後日本の歩みそのものにも向かざるを得なくなる。
「戦後レジームからの脱却」を言う安倍首相から、「戦後」に否定的な視線が感じられるのもそのためだろう。
さて、そんな安倍氏とはまったく逆に、憲法によって戦後日本は世界史にもまれな幸運なスタートを切ったという見方もある。
◇「日米合作」の反論
お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光さんは、ベストセラー「憲法九条を世界遺産に」のなかで、憲法の制定過程についてこう語っている。
「日本人の、15年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとかいう次元を超えたものだ」
「この憲法は、敗戦後の日本人が自ら選んだ思想であり、生き方なんだと思う」
こうした言葉からはっきり読み取れるのは、戦後日本社会に対する太田さんの肯定的な視線であり、楽観主義だ。
太田さんも読んだという「敗北を抱きしめて」の著者で、米国の日本史研究者ジョン・ダワー・マサチューセッツ工科大教授は、次のように書いている。
「なんと多くの日本人が平和と民主主義の理想を真剣に考えていたことか! もちろん、平和と民主主義こそ、私自身の国がたたかい取ろうと努力している当のものにほかならない。日本人も私たちと同じ夢と希望をもち、同じ理想とたたかいを共有しているのだ」
憲法を米国の「押しつけ」ととらえるのではなく、理想に突き動かされた日米両国の人々による「合作」と見る。そんな柔らかな見方でふたりには共通するものがある。
憲法によって、私たちの社会は大きく変貌(へんぼう)した。
男女の平等が保障され、だれもが選挙権をもつ。何を主張をしようと、どんな宗教を信じても自由であり、不敬罪や治安維持法などは存立しえない社会になった。天皇から国民へ主権が移り、国民が主人公になった。
太田さんたちが評価するのは、この自由と民主主義の価値が憲法によって日本にもたらされ、さらには戦後社会に深く根付いたということだろう。
◇外交政策の十八番
不思議なのは、憲法について否定的なことを言う安倍氏が、自由や民主主義の価値を語るときはうってかわって肯定的な姿勢に転じることだ。いまや、外交政策の「十八番(おはこ)」に使っている。
「日本と米国は普遍的な価値を共有している」として、日米同盟の強化を言う。「共通の価値」を持つ豪州やインドと連携して中国を牽制(けんせい)する。NATO(北大西洋条約機構)とも連携する。総称して「価値の外交」とも呼ばれる。
こうして首相が高くうたい上げる「価値」は、実はいまの憲法が日本社会にもたらし、国民が戦後60年をかけて培ってきたものにほかならない。そのことに安倍氏は気づいているのだろうか。
この「戦後」と、首相が脱却を言う「戦後レジーム」とはどこで重なり合うのだろうか。「精神的に占領を終わらせる」と言うけれど、終わった時、どんな展望が開け、社会がつくられていくのだろうか。戦前的な価値を重んじる社会に戻ることにつながらないのか。
「戦後」に問題がなかったわけではないし、憲法に改めるべき点があってもおかしくはない。しかし、憲法がもたらした自由と民主主義の価値は、発展させるべきではあっても、脱却するものでは決してない。
首相は雄弁に改憲を主張するものの、9条改正以外に、目指すべき方向はほとんど語ろうとしない。だが、改憲を言うなら、まず「戦後」をきちんと語るのが先だろう。
それなしに新しい「美しい国」へ誘(いざな)うのは、国民を惑わすだけだ。
~~~引用終了~~~
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