朝日新聞

2009年6月12日 (金)

アサヒの歴史にまた汚点!

自称反権力の闘士、社会の木鐸を気取る日本の恥、アサヒ新聞の歴史にまたひとつ汚点です。

足利事件では、最新のDNA型鑑定によって菅家利和さんの無実が明らかになりましたが、アサヒ新聞にこんな偉そうな社説を書く資格があるのでしょうか。

足利事件―DNA型一致せずの衝撃
http://www.asahi.com/paper/editorial20090605.html


 がくぜんとする。刑事裁判の歴史にまた汚点が加わることになりそうだ。 


 栃木県足利市で1990年、4歳の女児が殺害された。警察は幼稚園バス運転手だった菅家利和さんを逮捕した。その菅家さんがきのう、逮捕から17年半ぶりに釈放された。 

 逮捕の決め手となったのは、捜査に導入されてまもないDNA型鑑定だった。被害者の衣服についていた犯人の体液と菅家さんの体液の型が一致したとの鑑定結果が出たのだ。 

 取調官から鑑定結果を突きつけられ、菅家さんは犯行を自白したという。一審公判の途中で「DNA型鑑定で虚偽の自白を迫られた」と否認に転じたが、一審も二審も最高裁も、DNA型鑑定と「自白」の方を信用して有罪とし、無期懲役の判決が確定した。 

 獄中の菅家さんと弁護団は再審を請求し、再鑑定を求めた。事件当時は千人に1.2人を識別できる程度だった鑑定の精度が、いまでは4兆7千億人に1人にまで向上しているからだ。 

 東京高裁が依頼した再鑑定の結果は一転して、犯人と菅家さんのDNA型は一致しないというものだった。 


 東京高検は、この結果が「無罪を言い渡すべき証拠に当たる可能性が高い」との意見書を東京高裁に出した。高裁は早く再審決定をするべきだ。 


 衝撃的な事態である。DNA型鑑定は多くの事件で実施されてきた。初期の鑑定の信用度が揺らぐ影響は計り知れない。92年に福岡県飯塚市で起きた女児2人殺害事件では、DNA型鑑定が証拠となって死刑判決の確定した男性が昨年、刑を執行されている。 

 再審請求の裁判でDNA型を再鑑定したのは異例だ。この際、DNA型鑑定で有罪となったほかの事件についても再鑑定を実施すべきではないか。 

 精度があがったとはいえ、DNA型鑑定だけに頼り過ぎるのは危うい。捜査段階で犯人以外のDNAが紛れ込む可能性がある。警察はDNAを適正に採取するだけでなく、将来再鑑定できるだけの分量をきちんと保管することを徹底してほしい。 

 裁判所にも猛省を促したい。DNA型鑑定を過信するあまり、無理やり引き出された「自白」の信用性を十分検討せず、有罪との判断に陥った面はなかったか。再審裁判ではこの点を厳しく検証しなくてはならない。 

 自白の強制を防ぐためには、取り調べの可視化が重要だ。取り調べの録画は一部にとどまっているが、すべての過程の録画が必要だ。このことを今回の問題は改めて示している。 


 プロの裁判官といえども判断を誤ることがある。私たち国民も法廷や評議の場に裁判員として参加する時代になった。常識を働かせて自白や証拠を遠慮なくチェックする。その責任の重さを思う。 

本題に入る前に言っておきたいのは、別に裁判所はDNA型鑑定を妄信したわけではないと思いますよ。

アホの頂点を極めているアサヒ新聞と違って、DNA型鑑定というのはあくまでも「型」鑑定であり、それが一致したからといって被告人と犯人の同一性が立証されるわけではないことくらい真面目に刑事訴訟法を学んだことのある人であれば誰でも知っていることであって、裁判官がそんなことを知らないはずがない。

例えば、血液「型」が一致したからといって、被告人と犯人の同一性が立証されるわけではないのであって、それと同じ理屈です。

逆に、DNA型鑑定の結果が一致しなければ、それだけで被告人は犯人ではないことが立証されます。

>事件当時は千人に1.2人を識別できる程度だった鑑定の精度が、いまでは4兆7千億人に1人にまで向上しているからだ。 

アホ!そんなもん捜査機関が勝手に言い張ってるだけだろ!どんな科学的根拠があんだよ、言ってみろよ、このクズ新聞!

さて、ここからが本題ですが、では、なぜ裁判所は無実の菅谷さんに有罪判決を言い渡したのでしょうか?

最大の問題点は一審の弁護人が菅谷さんの無実の訴えを信じずに自白するように勧めたため、一審ではほとんど争うことなく検察側の証拠に同意してしまったからです。

菅谷さんも公判で一度は否認したものの、直ぐにこの弁護人に罪を認める上申書を提出させられてしまったようです。

これでは有罪になるのは当然です。否、これでは有罪にならない方がおかしいです。

一審で有罪になってしまえば、控訴審や上告審は日本の刑事訴訟法では事後審ですから、これを覆すのは極めて困難でしょうね。

それはともかく、なぜ一審の弁護人さんは自白して情状酌量を求めるという誤った弁護方針をとったのでしょうか?

この点は想像になってしまいますが、支援者のサイトを読むと、その当時の報道に問題があったのではないでしょうか。

http://www.watv.ne.jp/~askgjkn/jikenmon.htm

>
④ 菅家さん逮捕は、全国都道府県へのDNA鑑定機材導入の予算獲得の動きに合わせて行われ、DNA鑑定の宣伝に利用された。逮捕に際しては、「スゴ腕DNA鑑定。100万人から一人を特定」等、大々的にDNA鑑定が持ち上げられてマスコミ報道された。菅家さんは何が何でも犯人でなければならなかった。


http://www.watv.ne.jp/~askgjkn/nisi1.htm

>
ところが、1991年12月1日当日の朝、読売・朝日・毎日新聞の一面あるいは社会面トップで「幼女殺害容疑者浮かぶ 足利 DNA鑑定一致、近く聴取」といった記事が大きく載り(警察庁のリーク。DNA鑑定機材の各県導入の予算獲得を狙って、この事件をその宣伝に利用したと思われる)、まったく知らされていなかった地元紙記者や地元支局記者、放送局などが驚いて次々に早朝から足利署にかけつける中、同様にこんな形で警察庁がリークするなどと思ってもみなかった県警や足利署の刑事達は、もっと驚いて、マスコミ監視のすさまじいプレッシャーの中、とにかく取調べを開始しました。


>もはや菅家さんは、最初から何が何でも犯人でなければならなかったわけです。なぜなら警察庁という警察のトップが、そう決めてしまったのですから。

なるほど。警察情報をそのまま垂れ流した読売、アサヒ、毎日がDNA型鑑定を絶対視し、菅谷さんを犯人と決め付ける報道をやってのけたのですね。

“逮捕に際しては、「スゴ腕DNA鑑定。100万人から一人を特定」等、大々的にDNA鑑定が持ち上げられてマスコミ報道された”のですから、一審の弁護人も罪を認めて情状狙いの弁護が得策だと誤信してしまったのでしょうね。

しかし、まあ読売はいかにも御用新聞というイメージですから、さもありなんという感じがしますが、反権力を気取っているアサヒが、警察庁の予算獲得のお手伝いをするために提灯記事を書きまくっていたというのですから、呆れ果てて言葉を失いますね。

アサヒは反権力がどうしたこうしたとか、権力を監視するとか口先だけは偉そうなことを言っていますが、実際にやっていることを見れば、ただの権力の犬だということがわかります。

しかも、アサヒは警察庁の犬になって「DNA鑑定はスッゴ~イ」みたいな提灯記事を書きまくって、菅谷さんに濡れ衣を着せるお手伝いを進んで引き受けたくせに、菅谷さんの無実が明らかになっても、何一つ謝罪も反省もしないどころか、裁判所は何をやっている!みたいに他者の批判ばかりしているのですから、腐っているとしかいいようがありません。

>がくぜんとする。刑事裁判の歴史にまた汚点が加わることになりそうだ。

アサヒ新聞は、まるで他人事のようにこんなことを言っていますが、アサヒ新聞の歴史にもまた汚点が加わったことを少しは認識すべきです。

こういうゴミ新聞は存在そのものが日本にとって害悪以外の何物でもないのですから、一日も早くこの世から消滅してほしいものです。

もう一つ付け加えるならば、裁判員制度というのはやはり危険極まりないということです。

というのは、マスゴミが捜査機関のリークする情報を何ら検証せずに犯人と決め付ける報道をしてしまえば、その影響を遮断することは刑事裁判のプロであるはずの裁判官や弁護人であっても難しいことを足利事件は示しています。

ましてや刑事裁判の経験がない素人がマスゴミ情報を鵜呑みにせずに判断することなどできるのでしょうか?

権力が消したい人物がいる場合に、まず捜査機関がマスコミに嘘情報をリークする。マスゴミはそれを検証することはありませんから、そのまま大々的に報道され、市民とやらはそれを妄信して裁判が始まる前から「犯人」と決め付けてかかってしまう。

そういう人たちが裁判員に選任されたらどうなるのかは言うまでもないことでしょう。

裁判員制度は、アサヒのような権力の犬を利用して、権力に都合の悪い人物を消すための制度になりかねないので、私は反対ですね。

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2009年6月 8日 (月)

中国に裏切られたアサヒ

もはやバカの代名詞と化しているアサピーですが、バカは死ななきゃなおらないとういのは本当のようですね。

何の話かというと、昨日の北朝鮮の核問題の話なのですが、アサピーは敵基地攻撃論なんてトンデモナイ!

日米安保を基軸に中国、韓国、ロシアと連携しろなどと偉そうに説教を垂れていたわけですが、さっそく中国様に裏切られてしまったのです。

対北朝鮮、中国は慎重姿勢崩さず 日中外相会談
http://www.asahi.com/politics/update/0607/TKY200906070185.html

 中曽根外相は7日、東京の外務省飯倉公館で、日中ハイレベル経済対話に出席するため来日中の中国の楊潔チー(ヤン・チエチー、チーは竹かんむりに褫のつくり)外相と会談した。中曽根氏は「北朝鮮と政治・経済面の関係が強い中国の果たす役割は大きい」と指摘し、制裁などで北朝鮮に影響力を行使するよう促したが、中国側は慎重な姿勢を崩さなかった。


 日本側の説明では、中曽根氏は、北朝鮮の核実験に対して国連安全保障理事会が強い内容の制裁決議を早期に採択する重要性を強調したが、楊氏は「中国はできるだけ早期に適度でバランスの取れた安保理決議を通過させることに賛同している」と述べるにとどめた。

 会談では、決議案にどのような制裁措置を盛り込むべきかについても意見交換した。中曽根氏が安保理が強い内容の決議を採択しなければ「安保理の権威は傷つくし、北朝鮮に対して誤ったメッセージを送ることとなる」と指摘。両氏は国連の場での日中両国の意思疎通強化で一致した。

 東シナ海のガス田共同開発については、中曽根氏が昨年6月の合意から1年近くたつことを踏まえ、早期に合意内容を実現させる条約交渉を始めるよう改めて要請。楊氏は引き続き事務レベルで調整するとの見解を表明し、進展はなかった。(東岡徹)

ハイ、中国は連携しませんでした(爆)。そんなことは最初からわかりきっていたことであって、わからなかったのは究極バカの呼び声高いアホヒ珍聞だけではないのかね。

だいたい中国はアジアからアメリカの影響力を排除して日韓を服従させたいと考えているのだから、まあアサヒ珍聞並みに知能に低い韓国はともかく、日米と連携するはずがないでしょう(笑)。

中国としては、北朝鮮がならず者国家として地域の不安定要因になって日米韓が疲弊すれするほど、中国のアジア支配という野望が現実に近づくのだから、北朝鮮に実効性のある制裁なんてしないでしょうね。

それに、北朝鮮の核ミサイルは中国にも向けられているとはいえ、核武装国である中国は金豚一家を瞬殺できるのですから、北朝鮮の核武装なんてそれほど恐れる必要もないのです。

中国としては、北朝鮮がアメリカに取り込まれてしまったり、韓国主導で半島が統一してしまったりすれば、自国の安全保障上の脅威になってしまいますが、自国がある程度コントロールできる範囲内で北朝鮮がならず者国家を演じてくれるのであれば、その方が都合がいいのです。

アサピーは、大好きな北朝鮮を攻撃するなんてケシカランとばかりに火病を起こして、敵基地攻撃とは何事だ!話し合いだ!米中ロ韓と連携だ!と喚き散らしていましたが、北朝鮮は話し合いには応じず、六者協議は何の役にも立たず、アサピーが勝手に頼みにしていた中国様も制裁なんてやんねーよと言っているのに、それでも敵基地攻撃はダメだ!ましてや核武装なんてもっとダメだ!と言い張るのでしょうか。

ダメなものはダメっていっているだけなら、社会党と何ら変わらないんだけど、それでアサピーはどうやって国民の生命を守るつもりなのか是非教えてくれないかな。

おっと、そもそも国民の生命を守る気なんてないんだよな。

日本人が憎くて憎くて仕方がなくて、日本人なんて死んじまえ!というのがアサピーの本音だもんな。

まあ日本人が滅びる前に、読者激減&押し紙疑惑のアサピーの方が先に消えてなくなるだろうな。

それもまあ歴史の必然ってやつでしょう。

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2009年6月 7日 (日)

「北の核」とアサヒ

嫌なら読まなければ?という声が聞こえてきそうですが、なんとなく読んでしまうのがアサヒの社説。

今日もまた読まなきゃよかったと後悔してしまいました。

「北の核」と日本―味方を増やす防衛論議を
http://www.asahi.com/paper/editorial20090606.html#Edit1


>
「北朝鮮のミサイル基地を攻撃する能力を持つべきだ」「米国に頼るだけの防衛でいいのか」「日本独自の早期警戒衛星を打ち上げよう」……。 


当然でしょ。

>北朝鮮の核実験やミサイル発射を受けて、こんな主張が自民党ばかりか民主党内からも聞こえてくる。 

民主党にも多少はまともな人がいるようですな。

>防衛大綱の見直しに絡んで、自民党国防部会の小委員会は、集団的自衛権の行使容認や武器輸出3原則の緩和などを盛り込んだ提言をまとめた。日本の防衛政策の根幹を変えようという話が、いくつも語られている。 

そんなくだらない話をしていないで、さっさと核武装しろよ。

>以前から一部にくすぶっていた意見とはいえ、隣国の核実験という機に乗じるかのように、いとも軽々と噴き出したところに危うさを覚える。 

集団的自衛権にしても、武器輸出三原則の緩和にしても、核武装にしても、はるか昔からあった意見なんだけどね。

>冷静に考えてみよう。たとえば他国のミサイル基地を攻撃するといっても、単純な話ではない。 

大好きな北朝鮮を攻撃しないで~!とトチ狂って馬鹿騒ぎしているのはアサヒの方だよ。もっと冷静に考えてみようね。

>そもそも山中などに隠されたり、移動したりするミサイルの位置をどうやって把握するのか。

把握できれば攻撃していいのね。

>日本攻撃の意図は確認できるのか。

そうだね、一発だけなら誤射かもしれないしね(笑)。撃つ前なら余計にわからないよね(笑)。

>たとえ憲法問題を別にしても、軍事的な非現実性は明らかだろう。

さっさと核施設を爆撃するのが現実的、イスラエルみたいにね。

>抑止力の向上にもつながるまい。

そうだね。敵基地攻撃論なんて抑止力が限定的だね。

だから核武装して金豚一家はどこに隠れていてもいつでも瞬時に殺せる体制にしておかないといけないわけね、抑止力としては。

>逆に韓国や中国が日本に身構えるのは必至で、地域の軍拡や緊張を増すことになる。 

お互いが相手を攻撃できない状態すれば、平和の完成だ。

>浜田防衛相は「単なる議論ならば国民の感情をあおるだけだ。冷静に対処すべきだ」と批判している。

冷静に核武装しましょうね。

>防衛政策通の石破農水相も「まことに現実的でない」と手厳しい。当然の反応だ。 

そうだね。現実的なのは核武装でしょ。

>北朝鮮の行動が極めて挑発的で、これまでの瀬戸際戦術の域を超えているのは確かだ。国連安全保障理事会を中心に国際社会が結束し、この暴走を止めなければならない。その作業がいま進行中だ。 

その国際社会とやらがちっとも結束せずに北朝鮮を甘やかしてきたその結果が北朝鮮の核武装と挑発的な行動ではないのかね。

>日本の安全をどう守るか。政治が担う最大の責任はここにある。

核武装すれば、日本が攻撃されるリスクは大きく低減しますね。だから核武装がベストの選択なのですよ。

>米国との同盟を基軸にして、中国や韓国、ロシアなど近隣諸国との関係を安定させ、共存共栄の結びつきを深めていく。これが日本の安全保障の基本である。 

要するに、アサヒは、いつまでも日本はアメリカに服従していろと言いたいのね。

アサヒってアメリカと中国という二人のご主人さまを持っていて大変そうだね(笑)。

>日本国内の突出した議論は、北朝鮮の脅威だけにあまりに目を奪われ、結果としてこの大事な連携を乱しかねないことが見えていないのではないか。 

なぜ日本が核武装するとアメリカとの同盟がダメになってしまうの?

それに、別にダメになってもいいじゃない、日本の安全が確保できるのなら。

あと、中国や韓国、ロシアとの連携って何ですかね?日本の邪魔ばかりしているのに。

>「いざというとき、米国は本当に日本を守ってくれるのか」。そんな不信を口にする向きさえある。イラクやアフガニスタンの戦争に消耗し、北朝鮮をめぐる軍事関与に二の足を踏むのではないか、という疑念かもしれない。 

いざというときアメリカが日本を守るか否かは、それによってアメリカが得る利益と損失との関係によって決まる。損得勘定、ただそれだけのこと。

>だが、だから日本独自の軍事的備えを強めよという主張は、同盟の基盤である相互信頼をひび割れさせる。同盟をいかに確かなものにするかにこそ力を集中させるべき時なのに、これでは逆行だ。 

アサヒは、アメリカは日本を守ってくれないかもしれないけど、自主防衛するなと言っているのです。

要するに、日本人なんて死んじまえと言っているに等しい。

アサヒがそういう発想だということは前から知っていますし、大好きな将軍様の核ミサイルで死ぬのならアサヒ関係者も本望なのかもしれませんが、他の日本人まで巻き込まないでね。

>北朝鮮の脅威が深刻であればあるほど、米国との信頼、近隣国との結束を固めるべきだ。視野の狭い、軽率な議論はいい結果を生まない。 

外交音痴の日本はアメリカを信じ、近隣国の結束を固めようとして六者協議なる茶番に付き合わされて、その結果、北朝鮮は核武装して挑発してきているんですけどね。

いつもながらアサヒの稚拙極まりない議論はいい結果を生みませんな。

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2009年6月 5日 (金)

アサヒと天安門事件

よせばいいのにアサヒの社説なんか読んだら頭が痛くなってきた…。

天安門20年―政治改革してこそ大国だ
http://www.asahi.com/paper/editorial20090603.html#Edit1

 学生らによる民主化要求運動を中国当局が武力で鎮圧した、あの天安門事件から明日で20年になる。
 


 流血の惨事に世界は大きな衝撃を受けた。事件で孤立した中国の前途を危ぶむ見方は少なくなかった。 

 しかし曲折を経ながらも、中国は経済成長を続け、日本を抜いて遠からず世界第2位の大国になる勢いだ。 

 折からの世界同時不況のなか、中国の成長力への期待はふくらむばかりだ。その半面、中国の民主化への世界の関心は薄れてしまったようだ。 

 米国のペロシ下院議長は、中国の人権状況をこっぴどく批判してきた。91年に訪中した時には、天安門広場で中国当局への抗議活動をした。そのペロシ氏が先月下旬の訪中時には、温暖化対策が重要なテーマだとして、人権もチベットにも踏み込まなかった。 

 経済や地球温暖化だけでなく、北朝鮮の核問題など中国の関与が欠かせない問題が増え続ける。中国への配慮から、内政への批判や苦言を控える雰囲気があるとすれば極めて残念だ。 

 ソ連崩壊や東欧の民主化の轍(てつ)を踏まず、延命を図りたい中国共産党も、独自の改革を進めてきた。 

 その柱が、歴史的に民主化や反政府活動を担ってきた若者への対策だ。 

 20年前、大学生の中で党員は1%にも満たなかった。今では8%以上だという。党内に取りこんで、党や政府に対する批判があればどんどん出してもらう。けれど発言は党内に限られ、外での批判は許されない。 

 留学生の派遣や人事で党員を優遇する。指導部のブレーンにも若手を登用し、優秀な才能をつなぎとめている。 

 若者の多くも大国、富国に導いてくれた党に敬意を払う。天安門事件についてはまず知らない。大規模な民主化運動は当面起きそうにもない、というのが中国の今の空気だ。 

 党と行政、企業が一体であるという体制に20年間、大きな変化はない。 

 党幹部とコネがある者が私腹を肥やすという構造は今も根をはる。13億の人口に対して党員は7400万余り。多くの国民は利権からは遠いところで暮らし、格差は広がる。 

 天安門事件で失脚し、05年に亡くなった趙紫陽・元党総書記の回想録が最近、出版された。そのなかで趙氏は議会制民主主義を提唱している。民主主義がなければ、法治社会は実現しないし、社会は腐敗すると予言した。 

 農地や住宅の強制収用、出稼ぎ労働者への賃金不払いや虐待と、現実は法治からはほど遠い。人権を守ろうとする弁護士に対して、免許更新を拒んでいるとの報告もある。「超大国」の実情としてはあまりにも悲しいことだ。 

 政治改革はいずれ避けて通れない。苦痛が伴うだろうが、品格ある調和のとれた隣国に脱皮することを願う。 

アサヒは「軍隊は国民を守らない!」などと旧日本軍や自衛隊に失礼極まりないことを言い放っていますが、そういうセリフは人民解放軍にでも言ってやればよろしい。

国家の軍隊ではなく中国共産党の私兵にすぎない人民解放軍は、国民を守るために存在するのではなく、中国共産党を守るために存在するのであって、人民を弾圧するのが本来の仕事なのであり、そのことを実証してみせたのが天安門事件なのです。

アサヒ新聞は、南京大虐殺などといって日本軍が中国人民を虐殺したと大喜びで喚いているが、この社説を読んでも中国人民を弾圧した中国共産党と人民解放軍に対する厳しい批判は見当たらない。

むしろ、他人事のように「世界は大きな衝撃を受けた」などというだけであって、その世界の中にアサヒ新聞は含まれていないようだ。

続けて、中国は急成長してもうすぐ日本を追い越すとか、ペロシも中国批判はしなくなったとか、経済や地球温暖化問題等で中国の関与が欠かせないなどといっているのは、これだけの経済大国で影響力のある中国はペロシも批判しなくなったのであって、日本もいい加減に天安門批判をするのはやめろとでも言いたいかのようだ。

中国への配慮から、内政への批判や苦言を控える雰囲気があるとすれば極めて残念だ。

厚顔無恥という言葉はアサヒ新聞のためにあるのではないかと思えるセリフだ。

言うまでもないことだが、中国への配慮から、内政への批判や苦言を控えているのは他ならぬアサヒ新聞ではないのか。

20年前、大学生の中で党員は1%にも満たなかった。今では8%以上だという。党内に取りこんで、党や政府に対する批判があればどんどん出してもらう。けれど発言は党内に限られ、外での批判は許されない。 

留学生の派遣や人事で党員を優遇する。指導部のブレーンにも若手を登用し、優秀な才能をつなぎとめている。 

若者の多くも大国、富国に導いてくれた党に敬意を払う。天安門事件についてはまず知らない。大規模な民主化運動は当面起きそうにもない、というのが中国の今の空気だ。

要するに、中国共産党の党員という独裁者の仲間入りをする若者が増えているというだけではないのかね。

独裁者が民を搾取する中華人民共和国において、党員が増えれば増えるほど民が苦しむことになるのではないのか。

党と行政、企業が一体であるという体制に20年間、大きな変化はない。

軍と党、行政、企業が一体なのでしょ。なぜ軍を書かないのかね。

中国が軍事独裁国家であることを十分に知っていながらアサヒがそれを報道しないのは、何かにつけて軍事に反対しておきながら、軍事独裁国家である中国を擁護する矛盾を批判されたくないからでしょう。

ミャンマーには、軍事政権にはODAを見直せだなんだかんだと喚き散らして、同じく軍事政権の中国様には日中友好!などと絶叫しているのだから、腐っているとしか思えませんな。

政治改革はいずれ避けて通れない。苦痛が伴うだろうが、品格ある調和のとれた隣国に脱皮することを願う。

軍事独裁国家が政治改革を実行して民主主義国家にでもなると思っているのですかね(笑)。

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2009年3月 3日 (火)

アサヒに靖国をとやかく言う資格はない!

アサヒの社説を読んで久しぶりに怒りがこみ上げてきました。

靖国合祀判決―歴史に向き合った判決を
http://www.asahi.com/paper/editorial20090301.html#Edit2

太平洋戦争で死んだ父や兄たちが、遺族の意思に反して「英霊」として靖国神社に祀(まつ)られた。合祀(ごうし)を取り消してもらえぬものか。


靖国神社と国を相手取り、戦没者の遺族9人が合祀の名簿から親族の名前を削除することなどを求めた訴えに対して、大阪地裁はすべてを退けた。

靖国神社をめぐっては、小泉元首相による参拝などを機に、憲法の政教分離原則との背反を問う多くの裁判が起こされた。

今回は、合祀をめぐって靖国神社を初めて被告に加え、遺族が反対しているのに祀り続けられることで、故人をしのぶ権利が侵害されたという訴えだった。

判決はいう。原告の主張は、合祀に対する不快の心情や靖国神社への嫌悪の感情としかいえない。権利の侵害が認められるのは強制や不利益を伴ったときだけだ。合祀は信教の自由に基づいて靖国神社が自由に行えることで、強制や不利益を与えない。だから遺族の法的利益が侵害されたとは認められない、という理屈だった。

これには疑問が残る。まず、判決が靖国神社を一般の宗教法人と同列に扱っていることへの違和感だ。

靖国神社は1945年の敗戦まで国家神道の中心、軍国主義を象徴する存在だった。国家機関として軍が管理し、合祀対象者は陸海軍の大臣が天皇の裁可を得て決めていた。

戦後に一宗教法人になったとはいえ、靖国神社が担ってきた歴史をみずから否定したわけでも、断ち切ったわけでもない。憲法の信教の自由に基づいてできた宗教施設と単純にいえるだろうか。そうした背景をまったく顧慮しないまま行われた遺族の権利についての司法判断は納得しにくい。

もうひとつ、合祀には戦後も政府が関与していた事実がある。合祀対象者は靖国神社が決めることになったが、実際には旧厚生省が「戦争による公務死」と認めた人々だった。厚生省は戦没者の氏名や階級、死亡理由などの情報の提出を都道府県に求め、それを靖国神社に提供した。合祀を遺族に通知させてもいた。

こうした事実は国立国会図書館の新資料で明らかになり、それを原告側が法廷で指摘した。宗教法人になってからかなり後の時期まで、戦前さながらの関係が残っていたことになる。政教分離の原則を揺るがすものだ。

だが、判決は「国の行為は多数の合祀を行う上で重要な要素をなしたが、合祀は靖国神社が最終的に決定した」と判断して、国の責任も退けた。

国家神道が戦争遂行に果たした役割は大きい。そこに遺族の思いの源もある。東京、那覇地裁でも同様の訴訟が審理されている。歴史や憲法の理念に正面から向き合った判断を期待する。

まずアサヒに一言。

歴史に向き合わなければならないのはオマエだろ!

アサヒが批判しているこの判決の結論自体は当然ですが、それはともかく、大東亜戦争を太平洋戦争と言い換え、靖国神社を軍国主義の象徴と言い放つアサヒの言い分は、明らかにアメリカが日本に押し付けた東京裁判史観に基づくものです。

しかしながら、アサヒには大東亜戦争は侵略戦争であり、靖国神社は軍国主義の象徴であるなどと批判する資格があるのでしょうか。

このブログでは何度も何度も言ってきましたが、アサヒ新聞は大東亜戦争を賛美し、自発的かつ積極的に支持してきたのであって、大東亜戦争が侵略戦争であったのであればアサヒ新聞もまた侵略者であり、侵略の象徴ということになるはずです。

ところが、アサヒ新聞は自らが大東亜戦争を賛美してきた事実を隠蔽し、検閲など報道の自由がなかったから仕方がないとか、大本営発表があって騙されていたのだとかくだらない言い訳ばかりしているのです。

仮に、大東亜戦争は侵略戦争であり、靖国神社は軍国主義の象徴であるならば、アサヒ新聞は侵略戦争を賛美し、国民に戦争を煽り続けた加害者であり、靖国の英霊は侵略戦争に動員され、命を失った被害者ということになるはずです。

そうであれば、アサヒ新聞が靖国神社を軍国主義の象徴と批判したいのであれば、その前に加害者であるアサヒ新聞は、社長が靖国神社を参拝して「我々の愚かな記事のせいで多くの人命が失われた。どうか赦して下さい」などと涙を流しながら土下座で英霊に謝罪すべきです。

そしてその上で「あの戦争は間違いであった。過ちを繰り返してはならない」などと言うのであれば、私とは意見がまったく異なりますが、一つの意見としてそういうものが存在してもいいとは思います。

しかしながら、自分たちがさんざん大東亜戦争を賛美してきたのに、たかが戦争に敗れたくらいで大義も信念も捨て去ってアメリカに尻尾を振り、太平洋戦争は侵略戦争だとか靖国神社は軍国主義の象徴だとか言い放つアサヒ新聞はどうしても許すことができないのです。

アサヒ新聞は、偉そうに「国家神道が戦争遂行に果たした役割は大きい。そこに遺族の思いの源もある」とか「歴史や憲法の理念に正面から向き合った判断を期待する」などと言っていますが、アサヒ新聞が戦争遂行に果たした役割だって大きいのであり、そこにアサヒを批判する者の思いの源もあるのであって、歴史に正面から向き合わなければならないのはアサヒの方なのです。

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2009年3月 2日 (月)

アサヒさん、脱税の次は強盗ですか?

腐った新聞はこんなものなのでしょうね。

朝日新聞販売所従業員3人を強盗容疑で逮捕 横須賀
http://www.asahi.com/national/update/0301/TKY200903010070.html

 神奈川県警は1日、いずれも朝日新聞販売所汐入店の従業員、山崎健太(24)=横須賀市坂本町1丁目=、高橋正広(29)=同市汐入町2丁目=、高橋晋也(31)=同=の3容疑者を強盗の疑いで現行犯逮捕したと発表した。大筋で容疑を認めているという。

 
田浦署によると、3人は1日午前2時半すぎ、横須賀市追浜町3丁目のアパート敷地内で、市内の大学生(20)を取り囲み、「金を出せ」などと言って顔を殴り、現金9千円入りの財布を奪った疑いがある。

 
大学生は顔に全治約1週間のけがを負った。同署は容疑を強盗傷害に切り替え調べている。3人は当時、酒を飲んで酔っていたという。

 
朝日新聞東京本社販売局の話 取引先の新聞販売所の従業員がこのような事件を起こしたことを重く受けとめています

さっすがアサヒ新聞!

脱税、強盗ときて次は何をやらかすのかな?

わざわざ「取引の新聞販売所の従業員」と書いているのは、「アサヒ新聞本社とは関係がありません!」と言いたいのかな?

見苦しいねぇ~!

だいたい、不祥事を起こした企業は社長が記者会見に応じて、ヤクザかと間違えそうになる横柄な新聞記者にこっぴどく追及されるわけだけど、新聞社も記者会見でいじめられてみたらどうなのですかね?

以前に、雪印の不祥事のときに社長が「私は寝ていないんだ」とカメラの前で言ってしまって、さんざん叩かれましたけど、別に雪印を擁護するわけではないけれども、アサヒの社長さんは脱税も強盗もお構いなしでぐっすりと寝ていることなのでしょうね。

さっすがアサヒ新聞!心の底から軽蔑しています。

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2009年3月 1日 (日)

中共のチベット僧銃撃に抗議する!

また鬼畜中共がチベット僧を銃撃しました。

治安部隊、抗議の焼身自殺図ったチベット僧を銃撃 中国
http://www.asahi.com/international/update/0301/TKY200902280232.html

【上海=西村大輔】チベット亡命政府系のラジオ局「チベットの声」(電子版)によると、中国四川省アバ・チベット族チャン族自治州で27日午後、宗教活動を当局に阻止されたことに抗議して焼身自殺を図ったチベット仏教の僧侶が、治安部隊に銃撃された。僧侶の生死は不明だ。

報道によると、同州アバ県の寺院で法要が当局に禁止されたことに抗議しようと僧侶たちが座り込みを始めた。その後、20代の僧侶がガソリンを自分の体にかけ、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の写真とチベット旗を掲げて焼身自殺を図ったところ治安部隊が3回発砲、倒れた僧侶を運び去ったという。

中共の虐殺弾圧体質を見ていると、中国人というのは本当に同じ人間なのかと思ってしまいます。

漢民族が他の民族より優越であるなどという妄想的差別思想としか思えない中華思想に凝り固まってチベット、東トルキスタンなどの周辺国家を次々と侵略した中華人民共和国。

この侵略体質だけでも許しがたいことですが、抗議の焼身自殺を図った僧侶を銃撃するなんて日本人にはとても信じられないことです。

いったい銃撃した治安部隊というのは、人の命を何だと思っているのでしょうか。

自らの命を犠牲にしてまでこのチベット僧が訴えようとしたことを少しも理解しようとしない。

このチベット僧の命に何ら敬意を払わない。

こういう人の道を踏み外した中共は必ず崩壊させなければならないとあらためて確信しました。

また、アサヒもこういうことを記事にすること自体は評価できますが、アサヒは中共のプロパガンダ紙である人民日報と提携し、アサヒのウェブサイトに人民日報のプロパガンダを垂れ流しているわけです。

しかしながら、侵略、弾圧、虐殺、人権侵害の権化のような中共と手を組むということは、アサヒ自身が中共の侵略、弾圧、虐殺、人権侵害を擁護しているのと同じことであり、そんなアサヒがいくら平和だの人権だのと言ってみたところで、まともな人間は誰もアサヒの言うことなど信用しないでしょう。

アサヒの本音は、中国様に都合の悪い記事は書きたくないけれども、書かないとアサヒが批判されるから仕方なく書いているだけなのでしょうね。

だから、「五輪前どうにも邪魔な生き仏」などという川柳を掲載してしまうくらいですからね。

http://blog.livedoor.jp/asapykadan/archives/50039636.html

これがアサヒの本音なのでしょう。

中国様の大切な北京五輪の前にダライラマだのチベット人だのが邪魔するのはケシカランというのがアサヒの本音なのですから、この記事だってチベット僧に同情するというよりも、むしろ「中国様に逆らうなら、お前らも銃撃してやるぞ!」と日本人を脅すことが本当の狙いなのかもしれません。

いやですね、こんな新聞。

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2009年2月27日 (金)

新聞は偏った記事が多い!

図星だったのでしょうねぇ。

「新聞なぜ読まない?」 首相「偏った記事多い」と答弁
http://www.asahi.com/politics/update/0227/TKY200902270319.html

 「新聞はしばしば偏っている記事が多い。『うのみしてはいかんもんだな』と常に自戒している」。麻生首相は27日の衆院予算委員会で、低支持率や自らの迷走発言をめぐる新聞報道について、日頃の不満をぶちまけた。

 
民主党の逢坂誠二氏が「一国のトップリーダーが『新聞を読まない』と公言するようなことがあっていいのか。なぜ新聞を読まないのか」とただした。逢坂氏が「やはり新聞は読んでいないのですね」と念を押すと、首相は「(筆者の)名前が載っている記事は読むようにしている。載っていない記事は見出しは眺めるが、自分のことが書いてあるとだいたい違うので、あんまり読まない。ほかの人もきっと違っているんだろうなと思う」と説明した。

 
これに対し、かつて北海道・ニセコ町長を3期務めた逢坂氏は「民主主義は違いを認めあうことが出発点。こんな意見もある、あんな意見もあると認めることから民主主義はスタートする」と首相に語りかけた。

わざわざこんなことを記事にしたのは、アサヒとしてはイタイところを突かれたからなのでしょう。

「新聞はしばしば偏っている記事が多い。『うのみしてはいかんもんだな』と常に自戒している」。

当然の発言ですよね。どの新聞にも主義主張があるのですから、その意味ではすべての新聞が偏っているのであり、鵜呑みにしてはいけないに決まっています。

その当然の発言であっても、アサヒに言わせれば、「日頃の不満をぶちまけた」ことになるらしい。

そういう偏った論評をしなければならないこと自体、アサヒがいかに偏っているのかを雄弁に物語っているといえるでしょう。

それに、この記事の見出しは「新聞なぜ読まない?」となっていて、いかにも麻生首相が新聞を読んでいないかのように誤解させるものとなっていますが、実際には、「(筆者の)名前が載っている記事は読むようにしている。載っていない記事は見出しは眺めるが、自分のことが書いてあるとだいたい違うので、あんまり読まない」と言っているのですから、麻生首相は新聞は読んでいるのですよね。

それでも、アサヒは麻生首相が新聞も読まないダメな首相と印象付けたいのはなぜなのでしょうね。

新聞が売れなくなってきた危機感があるのでしょうか、とにかく新聞を読まない人間はダメ人間だと言いたいのでしょうかね。

それと、この逢坂議員の批判も的外れですよね

これに対し、かつて北海道・ニセコ町長を3期務めた逢坂氏は「民主主義は違いを認めあうことが出発点。こんな意見もある、あんな意見もあると認めることから民主主義はスタートする」と首相に語りかけた。

偏っている記事が多いから、鵜呑みにしてはならないと言っているのに、違いを認めあうことが民主主義と語りかけてもナンセンスでしょう。

それとも、この逢坂とかいう議員さんは、新聞の記事を鵜呑みにしろとでもいうのですかね。

批判にも何にもなっていないと思いますけどね。

個人的には、麻生首相には、「新聞はしばしば偏っている記事が多い。とりわけアサヒ新聞は」と言って欲しかったですけどね。

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2009年2月25日 (水)

テポドン、青森、函館方面へ発射か?

北朝鮮はテポドン2号の改良型を青森、函館方面に向かって発射するようです。

青森、函館方面へ発射計画か 北の「衛星打ち上げ準備」
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090225/kor0902251452002-n1.htm

 北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射準備をしている問題で、ミサイルは最大飛距離が約1万キロに達する「テポドン2号」の改良型で、日本上空に向けて発射する準備が進められていることが24日、米朝関係筋の話で分かった。米国などが偵察衛星などで監視しており、発射準備は今週中にも完了するという。

 同筋によると、テポドン2号改良型は今月8日ごろ、北朝鮮の平壌周辺の工場から貨物列車で舞水端里の発射台に移動。先週には飛距離を延ばすための発射台が置かれ、周辺では燃料注入施設なども完成したという。

 
発射に必要な燃料注入は1日ででき、燃料を十分に注入した場合、飛距離は8000~1万キロで米国本土に届くとされる。ただ、「関係国に脅威を与えるのが狙いで、日本側に向けられている」(同筋)という。具体的には青森市か北海道函館市方面に向かって発射し、太平洋側に落とす計画とみられている。

 
北朝鮮が衛生打ち上げ準備を本格的に行っているとする朝鮮中央通信の報道について、河村建夫官房長官は24日の記者会見で、「すぐにという判断はしていないが、実際には準備しているという北朝鮮側の報道なので注視しなければならない」と述べた。また、ミサイル発射との見方には「人工衛星かどうかはコメントを差し控えたい」とした。


誤解を恐れずに言えば、北朝鮮にはテポドンを発射してもらいたい。

日本人は(日本人に限らないかもしれませんが)、目先の利益ばかりに目が向いていて、軍事とか安全保障とかそういうことを軽視しすぎなのであって、たまにはテポドンが日本上空を飛べば、そうした日本人も少しは目を覚ますことでしょう。

そして、そうすれば北朝鮮とべったりの国会議員やマスコミ、市民団体の怪しさにも、もう少し国民の目が向くことでしょう。

もちろん、日本人に被害が出てはならないとは思いますが、本音を言えば、テポドンなんてアサヒ新聞の本社ビルに命中すればいいのです。

アサヒ新聞は、北朝鮮がミサイルを発射しても、一発なら誤射かもしれないなどと言い放つような新聞なのです。

狙い撃ちしているのに何が誤射なのか知りませんが、例え誤射であっても人が死ぬかもしれないのに、それでも北朝鮮を擁護するのがアサヒ新聞なのです。

もしも、アサヒの本社ビルに直撃して、大勢の人が死傷しても、アサヒ新聞は、「あれは誤射かもしれませんね。北朝鮮は悪くありません!」と言うことができるのでしょうか?

まさか、アサヒとは関係ない日本人が死んでも構わないけれども、アサヒの関係者が死ぬことだけは許せないなどとは言うわけではないですよね、アサヒさん。

別に、アサヒ新聞の関係者であれば死んでも構わないと考えているわけではありませんが、アサヒは一発だけなら誤射かもしれないと平気で言い放つのですから、その一発がどれだけの悲劇を生みだすのか、自ら体験してみるべきです。

それが嫌だというのであれば、一発だけなら誤射かもしれないなどという愚かな発言は二度とするべきではありませんし、日本の自主防衛を妨害するのも止めるべきです。

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アサヒと日教組が反中嫌韓を生み出していることに気付かない愚かさ

麻生首相が「いい加減な教科書を変えた」と発言しましたが、さっそく脱税新聞が噛みついています。

麻生首相「いい加減な教科書変えた」発言釈明
http://www.asahi.com/politics/update/0224/TKY200902230361.html

 麻生首相は23日夜、青森市内での22日の講演で「我々はいい加減な教科書を変えた」と発言したことについて、「検定委員会(教科用図書検定調査審議会)が変える。検定で表現が変わった」と釈明した。政治の圧力で教科書が書き換えられたと受け止められかねないことから、事実上発言を修正したとみられる。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 
首相発言をめぐっては、文部科学省の銭谷真美事務次官も23日の記者会見で、「政治家の圧力で書き換えたのか」との質問に、「教科書検定は審議会の審議を経て厳格かつ適切な実施をしている」と答え、政治圧力を否定した。

 
首相は22日の講演で「我々は教育基本法を変えて、あのいい加減な教科書を変えた」「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒の写真。こっちは犬と子どもと一緒の写真。両方家族ですって。おばあちゃんは犬と同じか。こんなふざけた話がどこにあるんだとやりあった」と述べた。

 
首相は23日、「検定制度の趣旨からして政治的介入はあってはならない」との記者の質問に、「それは当然です。教科書検定という制度がある」と強調した。

 
首相が指摘した教科書の記述変更について銭谷氏は、中学校の技術・家庭の教科書から「Aさんの家族(母、父、弟、犬)」との記述が削除された04年度の検定などと思われると指摘。「審議会が検定意見書を付け、(教科書会社が)書き換えた記述について検定決定をしたと記憶している」と説明した。

こんなどうでもいいことに噛みついて記事を書いているから新聞なんて売れなくなるのです。

本質的に問題なのは、アサヒや日教組が主導してきた自虐史観であり、中国、韓国、北朝鮮に媚びる捏造史観なのであって、それを政府の政策で是正していくのは当然です。

アサヒにしてみれば、自虐史観が教科書から消えてしまうと、南京大虐殺から731部隊、従軍慰安婦、植民地支配…とアサヒが歴史を書き換えてきたことがばれてしまうので、自虐史観を維持しろと必死なのでしょう。

しかしながら、アサヒや日教組がどれだけ必死になって自虐史観で子供たちを洗脳しようとも、ネット時代にはアサヒの嘘は必ずばれてしまうものなのです。

私が子供の頃には、歴史の教師は、日本は極悪非道の犯罪国家だと延々と日本を罵倒していましたが、まだネットが普及していなかったので、少なからぬ生徒が洗脳されてしまったようです。

私個人について言えば、このアカ教師は南京大虐殺だとか日本は3500万人を虐殺したなどと得意気に語っていたのですが、本当に日本がそれだけの大虐殺をやってのけたのであれば、こんなに得意気に語れるはずがないと不審に思って自分で本を買って調べて見たので、自虐史観に洗脳されずにすみました。

そして、このような嘘を嘘で塗り固めた自虐教育を信奉するアサヒや日教組、捏造した反日史観で謝罪や賠償を要求する中国や韓国、北朝鮮は心の底から嫌いになりまりした。

今ネットでは、アサヒや日教組は厳しく批判されていますし、反中、嫌韓の勢いは一向に衰えることはありません。

今の日本人は自虐教育で贖罪意識を植え付けられているのですが、日韓ワールドカップで韓国に疑問を持つようになったところにマンガ嫌韓流が出版されて自分たちが騙されていたことに気づき、嘘つきアサヒと日教組、中国、韓国、北朝鮮は忌み嫌われるようになったのです。

アサヒも韓国も、何もしなくても十分に嫌われる要素があるにもかかわらず、嘘に嘘を重ねて日本人を騙し続けてきたのですから、その分だけ余計に嫌われるのは当然です。

つまり、アサヒや日教組が主導して歴史を捏造し、自虐教育で洗脳などしなければ、ここまで反中、嫌韓が広がることはなかったはずなのですが、アサヒや日教組が嘘をつけばつくほど中国も韓国も日本から嫌われていくのです。

ネットがなかった時代であれば、アサヒや日教組の嘘もなかなかばれることはなかったのですが、ネットがこれだけ普及すると、ちょっと検索すればいかにアサヒや日教組が滅茶苦茶なことをして日本を貶めてきたのかが直ぐにわかってしまうのですから、麻生首相の発言に噛みついてみたところで意味はないでしょう。

というよりも、ネット時代の到来の意味がわからない、時代に取り残された新聞を象徴しているといえるのではないでしょうか。

アサヒや日教組はいつまで自虐史観で子供たちを騙し続けるつもりなのでしょうか。

たぶん、時代に取り残されたアサヒや日教組はいつまでも自虐史観で子供たちを洗脳し続けようとするのでしょう。

しかし、ネットが普及すればするほどその試みは失敗し、日本に反中、嫌韓感情が充満していくことになるでしょう。

そして、その怒りの矛先はアサヒと日教組にも向かうのです。

愚かとしか言いようがありませんが、自業自得というべきであって、アサヒも日教組も滅びゆく運命にあるのでしょう。

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