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2007年12月 1日 (土)

人権擁護法 権利から義務へ

人権擁護法が危険なことは多くの方が指摘しています。
小生も、同意見であり、危険な法案ですので、絶対に阻止しなければならないと考えています。

ところで、人権というと憲法の規定を思い出す方が多いと思いますが、憲法の人権規定が何のためにあるのか理解されている方があまり多くないような気がしますので、今日はこの観点から簡単に書いてみたいと思います。

憲法の人権規定を理解するうえで一番大切なことは、人権が私人の公権力に対する権利ということです。
どういうことかというと、私人というのは国や地方公共団体などの公権力に対してはあまりにも無力であるため、公権力が侵してはならない私人の権利というものを明記したのが憲法の人権規定なのです。つまり、公権力に対して、私人の人権を守る義務を課したのが憲法の人権規定の趣旨ということになります。
ですから、憲法の人権規定を守らなければならないのは、公権力であって私人ではありません。

昔、プロ野球のドラフト制度について、職業選択の自由に反し、憲法違反だと主張していた人がいたと記憶していますが、もちろん公権力が職業の選択を制限しているわけではないので、憲法に違反するはずがありません。というより、私人の行為が憲法に違反するということはないのです(憲法の私人間効力についてのいわゆる間接適用説は、結論として憲法は適用されません。念のため)。
憲法の人権規定というのは、私人の公権力に対する権利ですから、これは当然ですね。

ところが、人権擁護法が施行されると、話がまったく違ってきます。

私人は人権という“権利”の主体だったのが、今度は人権という“義務”を負うことになってしまうのです。
つまり、今までは、人権というのは、私人が国家や地方自治体に対して、表現の自由を守れ!とか差別をするな!と要求する権利だったのですが、今度は私人が私人に対して、表現の自由を侵してはならないとか差別をしてはならないなどという義務を負うことになるのです。

ここで、なぜ憲法の人権規定があるのかを思い出していただきたいのですが、これは私人は公権力に対してあまりにも無力であるからなのですが、私人間であれば、このような“力”の差はないのですから、私人に人権を守る義務を課し、これを公権力を持って強制する必要があるのでしょうか。

もちろん、私人間であっても差別は許されないと思いますが、私人間であれば、当事者間で話し合ったり、それでも無理であれば民事訴訟などの手続もありますし、悪質な場合には名誉毀損などの刑事罰もあるのですから、私人に人権を守る義務を課し、これを公権力を持って強制までする必要はありません。

人権擁護法の恐ろしさというのは、人権という権利が義務に転化することにあるのではないかと考えています。

しかも、ここでいう人権というのは、在日や解同、フェミニストなど特定の人たちの人権なのです。

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コメント

男女共同参画法ですら日本の教育を基本的におかしくしているのです。この人権法案が通る事になれば国家解体は容易でしょう、政治家でも一つの発言で命取り、自分の首も国家の首も危うくする様な法案を審議する?審議する以前の問題でしょうね。
現在の国会議員、衆議院議長からして常識が備はって居ません、何を考えているのでしょう?
さっぱり判りません、安倍首相の「美しい日本」と言う言葉を引き継いで呉れる人材が出てきて欲しいものです、選ぶのは国民じっくりと人間を見極めましょう。

投稿: 爺 | 2007年12月 2日 (日) 午後 02時04分

爺さん
コメント、どうもありがとうございます。
男女共同参画社会基本法も酷いものです。どんどん左よりの法律が制定・施行されていきます。
人権擁護法と外国人参政権で日本は止めを刺されてしまうのではないかと心配しています。

投稿: saratoma | 2007年12月 2日 (日) 午後 11時06分

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まず、この法案には既に条文の中に人権侵害と思われる事態に対する罰則規定があるにもかかわらず、 逆にどういったケースが実際に人権侵害となるのか、その点が明確にされていません。 そのため、他の法律と比べると、法が適用される可能性のあるケースがあまりにも広く、 また、実際に法が活用される場面において、恣意的な活用を生む可能性が非常に高いのです。 (これは、どれだけ法律に違反したことをすれば、どれだけのペナルティがあるのか、という 罪刑法定主義の考え方にも反しています) 次に、この法案にはそういった法の「恣... [続きを読む]

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